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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)143号 判決

主文

原判決を破毀し、本件を廣島高等裁判所に差し戻す。

理由

辯護人中川鼎上告趣意第一點「高等裁判所の判決に於ては判示犯罪事実中三の事実を認定するに當り梶並静惠に對する司法警察官の第二回聽取書中同人の判示三と同旨の供述記載ありとして(證據説明六參照)右聽取書を證據に援用せり。然れども被告人は右高等裁判所の公判に於ては梶並静惠との共謀の事実を否認し梶並静惠は被告人に無斷で、即ち被告人の意思によることなく静惠單獨の意思で梶並きしのに對し投票依頼の目的で金百圓を供與したものなりと供述して居り、之が立證の爲當辯護人から右梶並静惠を證人として喚問され度旨證據調の申請を爲して居るのである。然るに同裁判所は右申請に對し別段證人の喚問に付困難な事情もないのに之を却下して居るのであって之を畢竟するに供述者たる梶並静惠を公判期日に於て訊問する機會を被告人に與へなかったものと謂はなければならない。而も同裁判所は右梶並静惠の供述を録取した書類である聽取書を證據として援用して居るのであるが井は日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十二條の規定に反し被告人に供述者を訊問する機會を與うることなく證人の供述を録取した書類を證據として援用したことになるのであって違法なることは明であると信ずる。」というにある。

原判決は、所論のように判示三の事実を認定するに當り、梶並静惠に對する司法警察官の第二回聽取書中の同人の供述を證據として採っている。しかるに本件記録によれば、原審において、辯護人は、右供述者梶並静惠を證人として訊問の申請をしているにかかわらず、これを却下し供述者を公判期日において訊問する機會を被告人に與えないで、前記聽取書を證據として採ったことは、明かである。從って、原判決は所論のように刑訴應急措置法第十二條に反した違法があるから、本件上告は理由がある。

同上告趣意第二點は「原判決は擬律の項の末段に於て「きぬよ事中尾高代」外四名に交付した金品は返還を受けて居るので之を没収すべきであるが被告人所有の他の金品と混合して没収出來ないので衆議院議員法第百十四條に依り被告人から其の價額五百二十圓を追徴することとすると判示して居る。然れども被告人がきぬよ事中尾高代(判示犯罪事実の四)に對して供與したものは金百圓に過ぎず、その他の四名に對しても判示事実の各記載に照し各金百圓宛を供與したのに過ぎない事は明であって以上の合計は金五百圓に過ぎない。果して然らば被告人から金五百二十圓を追徴し得ないのは別に論を俟たないところであるが斯る違法は當然判決に影響を及ぼすものであるから此の點に於ても原判決は破毀さるべきものと信ずる。」というにある。

原判決末尾においては「供與金品の内梶並きしの、きぬよ事中尾高代、森圓平、森和男、森仙太郎に交付した金品は返還をうけて居る」として金五百二十圓の追徴を命じたのであるが、事実認定の部において前記五名に交付した金は所論のように金五百圓に過ぎない。成程中尾高代に對しては外に時價一個約十圓の靴クリーム二個を供與した旨の記載があるが、原判決の表示によれば中尾高代ときぬ代事中尾高代とは住所をも異にし同名異人であるから、きぬよ事中尾高代に靴クリーム二個(價二十圓)を供與した事実は原判決の認めていないところであり從って同人から返還をうけたという事実も考えられない。この點で原判決の前後の事実認定は齟齬している。それかといって「きぬ代事中尾高代」とあるは中尾高代の誤記であると本件の場合には速斷することもできない。原判決はこの點においても違法があり上告は理由がある。

なお、原判決は判示第三の事実を他の事実と連續一罪として單一刑をもって處斷し、梶立きしのに對する供與金をも追徴したものであるから、前記各違法は、判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決全部は破毀を兔れない。

よって、刑事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條の二に則り主文の通り判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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